御由緒・御宝物

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宝物

真言宗神田山顕日寺本尊であった行基(668~749)作と
伝えられている木彫りの十一面観音坐像(像高31㎝)で、
中世期の作と考えられている。
光背は円光、十一の菩薩を載せた頭はややうつむきで、
顔は口元をひきしめ、顎をやや突き出し、
少し微笑んでいるように見え、左手には花瓶を持っています。

 大正4(1915)年に金箔に塗り替えられた秘仏である。
正確な時代判断はつけ難いが、言い伝えによると
番町番所(旧三和村にあった江戸幕府直轄の支配下にあった)の
代官の許可を得て本尊御開帳した記録がある。

その後、御開帳の記録はなかったが、
平成23年(2011年・東日本大震災哀悼の意)、
平成25年(2013年・伊勢神宮第62回式年遷宮記念)に
実施されたが、秘仏に属し大変貴重なもののため、
今後の御開帳は未定である。

由緒について

創立年月不詳。塔ヶ崎の産土神。口碑によると領主の祈願所で祭典に玉串をささげられたと伝える。また用水組の総鎮守として崇敬されたという。天和年中(1681~88)幕府から境内六町八反六畝一〇歩除地として付与されていたが、明治5(1872)年に境内以外を返上した。同年、柏崎県の村社に列しそののちの改革により社格を廃した。大正5年9月30日、村社に列す。

現在知り得る史料では、中世塔ヶ崎にある神田山神社が、大池・小池の水利権を持っていたであろう。この神社は明治元(1868)年の神仏分離令により、神仏習合の真言宗神田山顕日寺が廃され、神田山神社として祀られた。ここには御神体として顕日寺本尊であった木造十一面観音像(中世期の作・上越市指定文化財)が祀られている。拝殿は観音堂を改築したもので朱塗りの柱である。

大池の向背地西蒲生田に石神塚がある。かつてこの塚は、古墳と間違えられたこともある。このような大きな塚が日根津にもあるが、恐らくこの大池・小池を支配した神田山神社庄園の四至を限る牓示と考えることもその一つであろう。また大池の中にある「ふるかんど」(古観音堂)中世館遺跡や、しらみ経塚など、中世遺跡がそれぞれ室岡博らの調査で報告されている。

ご祭神とご神徳

本 殿  神田山大神
月弓尊 ・・・農耕の神
素戔嗚尊・・・防災除疫の神
倉稲魂命・・・諸産業繁盛の神

摂末社  雁田神社
高産霊神・神産霊神・・・生成・創造の神
磨くと子宝に恵まれるという言い伝えのあるお地蔵様を安置しております。